読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

友人とのわかれの言葉は「またね」と言うことに決めている。

日記・小話

「おつかれさま」というあいさつ

大学生になってから、別れの言葉に「おつかれー」が追加されました。

 

驚いた。多くの人がお疲れ様と言っていたから。

 

授業を数時間受けただけであったり、遊んだだけなのに疲れたことになるのだろうか、なんて思った。

 

以前に居酒屋でアルバイトをしていたのだけど、その時は「お疲れ様でした、お先に失礼します」と言って帰った。

 

仕事というくくりにしてしまってはアルバイトごときがおこがましい話だと思うのだけど、たしかに自分も、バイト先の人も仕事をして疲れているからそのあいさつで納得した。

 

大学生になるとバイトをしている人がほとんどなので、きっと、そのバイト(仕事)文化が日常でもまぜこぜになってしまったのにちがいない。

 

「また」というあいさつ

だとすると、友人と遊んだだけの時はなんと言ったらいいのだろう。

 

高校生の時までは「また明日」と言っていた気がする。たぶん。

 

授業も固定で、明日も会うことがいちおう確定しているから。

 

明日も授業があって、来る予定があるからまた明日というのは少し楽観的だなあとひねくれた見方をしてしまう時はあって、人はいつ死ぬかわからないのになんて思ってみたりもするけど「また明日」でさしつかえないだろう。

 

大学生だと、または社会人でもそうだけど、同じ人と毎日遊ぶということはほとんどなくなるのではないか。実際ぼくの場合はそうなのだけど。

 

そこで、また会いたい、また会おうという気持ちを込めて「また」というあいさつが適当なのではないかと思った。

 

一期一会

禅語で一期一会という言葉がある。禅語だとは知らなくても誰もが聞いたことがある言葉だと思う。

 

中学生の時、野球部に所属していて「一期一会、ぼくらのBASEBALL」みたいな待ち受け画像にしていたことがあったし、運動部ではわりと鉄板の合言葉になっていた。

 

一期一会とは、人が生まれてから死ぬまでの間(一期)に、ただ一度だけ会う。という意味で、今この人生で一度きりのチャンスを大事にしようということになります。

 

ここで重要なのはまた会う機会があるとしても、無いにしても、今のこの場所でこの気持で対することは無いということ。なんかよくあるJpopの歌詞みたいになるけど、今ここであなたと出会えた奇跡を大切にしよう的なかんじ。

 

つまり、友人と過ごした時間は一期一会の精神で、大切に過ごして幸せいっぱいだったよという満足と、もし機会があればまた一緒に過ごしたいという気持ちを表せるのが「また」なのではないかと思う。

 

また会えるか会えないかは問題ではなくて、また会いたいという気持ちを伝えることが大事なのだ。