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離れている人への近況報告代わりにブログやtwitterを使うということ。

日記

昨日のこと。「今どこいる?」と連絡が来て、たまたま近い場所にいた友達に会っておしゃべりしていたら、最近ブログ書いてないねーと言われてしまった。

たまにチェックしてくれているんだなあという嬉しい気持ちと、更新頻度が落ちていたことへの後ろめたさを感じた。

 

近況報告という意味での情報発信については年末に感じたことがある。

 

高校の頃の仲間とキャッチボールをした時友人に「前はもっとツイートしてたのに最近控えめだからさみしいなあ」ということを言ったら、ツイートを増やしてくれた。優しくて素直な友人だ。

そして友人のツイートを読んでいて、「友達が最近何をやっているのか」というのは案外気になるものだと気づいた。

学校に通って、毎日顔を合わせていた時は自然と話していたことでも、学校が違えば連絡も取らなくなって、会う機会も減った。

 

便りがないのは元気な証拠というけれど、元気でやっているか、毎日楽しんでいるかがわかるとやっぱり安心する。

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20歳を過ぎた頃からは、死に向かっていく意識も少しずつ大きくなっていくものだ。新年早々から縁起でもない話をしたくはないけれど、身近な人も旅立つ人が増えてくる。幸いなことに、自分の身近にはいないが、友人が亡くなってしまったというのは珍しくない話になってきた。病気や事故で突然会えない人に、、と聞くと無関係ながらも寂しい気持ちになる。

 

親もたしか今年で49になる。老眼も進んで本が読みづらくなったと嘆いている。今は実家にいるから毎日顔を合わせるけど、今年からは職場の近くに引っ越しするつもりだから、家族とも会うのは年に何回かになってしまうなあ。

 

あ、これも年末のことなのだけど、親戚と集まって忘年会をした時に、父親が僕のブログを知っているかのような発言をしていた。別に隠したいようなことを書いているわけでもないけど、親に見られるのって気まずいものだよね。

 

ただ、思ったのは、ブログやtwitterのSNSを日記代わりに書いておくと、定期的に会わない人への近況報告代わりにもなっていいなあいうことです。