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ひまつぶし以外の何物でもない

これは、いわゆる備忘録や日記というやつです。大したことを書けるようにがんばります。

お久しぶりです。誕生日でキリがいいのでブログを再開することにしました。

日記

23年前の今日も、今日と同じように暑かったらしい。

 

胡散臭い湿度がまとわりつくせいで、歩いているだけで汗がじんわりとにじみ出てくる。

空は曇ったり、思い出したように晴れたりして、それに合わせているかのように蝉も鳴いている。

巷ではポケモンGOが流行っていて、ゲームボーイの原作に熱中した世代としては、ポケモン151匹言えるかなを歌うくらいは簡単なのに、今、鳴いている蝉が何蝉なのかがわからない。

ミンミンゼミか、アブラゼミか、ツクツクボーシか、それくらいの違いなら分かると思っていたのだけど、蝉の声をつくづくと聞いたのはいつぶりだろうか。

蝉といえば、芭蕉が詠んだ句の、「しずけさや 岩にしみいる 蝉の声」の蝉はなにゼミだったのだろう。

虫取りGOしたい。GETした虫で虫図鑑作ってほしい。

山の中に、麦わら帽子を被って、虫取り網と虫かごを持って、氷のたくさん入った麦茶の水筒を持って繰り出していきたい。

虫取りには行けないけど、夕方になると蚊が出てくる。血液型がB型だからか、蚊取り線香を炊いているのにやたら蚊に噛まれるし、シャワーも一日2回浴びたい。水でいいから。

あまりに冷たいものが欲しくて、ジュースばかり飲んでいたら体調を崩してしまう。学習済みなので今年はそんなヘマしないけど。

今年の夏はいつもより暑くはないかな、なんて思う時もあるけど、やっぱり暑い。我慢できない暑さではないけど、気を抜くと暑い。

 

23年前の今日も、今日と同じように暑かったらしい。父からメールが来ていた。誕生日おめでとうと。

 

そんなこんなで、はてなブログを再開することにした。

 

ブログを停止して半年ほど経っていたけど、ブログを止めてからのほうが、ブログに書くべき生活をしていると思う。

 

実家を出て、墨田のシェアハウスに住んでいる。

それも、三軒長屋をぶち抜いてリノベーションしたものだから、規模としては割かし大きい。この前はこのシェアハウスを使ってフェスをやった。1日で60人くらい人が来た。

そんなシェアハウスには7人で住んでいる。自分が一番年下で、他の住人は26歳から34歳だ。しかし決して年齢を意識するようなコミュニケーションを取らない人たちなので、初めて実家を出たが、何とかやっていけている。

 

そして茶人になった。浴衣のお仕事で広報やイベント企画運営の仕事をしながら、茶園さんにスポンサーになっていただいて、茶会を開いたり、お茶を売ったりしている。

かっこよく言えばフリーランス茶人と言うのだろうか。

茶人を始めてまだ4か月だけど、

 

岐阜県の茶畑の管理をお手伝いしたり、静岡の茶園の工場を見に行ったり、愛知の西尾に抹茶工場の見学に行ったりしている。

何人かの茶会パートナーができて、一緒にいろんなお茶会を企画したりしている。

 

去年の今頃は就活をしていて、最終面接の直前だった。

3年間は社会人を経験してから、独立して茶人になろうと思っていた。

就活はうまくいき、内定をもらい、なんとか春からは会社員でやって行くぞと思っていた時期もあった。

どうして茶人になったかというと、単純に事実を言えば、留年して内定取り消しになったからです。

 

卒業式の少し前に、卒業旅行として四国八十八か所巡礼の車お遍路さんをした時に、八十八か所の仏の前で茶人になると願い続けて来たら、留年が決まっていたのでこれは仏の思し召し!と思って、覚悟が決まったので万事オールオッケーだった。

 

世間一般に茶人と言う職業は存在しないから、「お茶に関係する仕事をして、生計を立てている」状態を茶人と呼ぶことにした。

千利休なんかは、茶の湯を教えるとか、茶道具を売るとか、茶室を設計するとか、庭を造るとか、茶会をするとか、そういうことをしていたし、古田織部は茶碗のデザインにも取り組んでいた。

 

9月に秋卒業することになったので、それまでに時間をフルに使って稼ぎを作ろうと考えていたけど、先述の通り、浴衣のお仕事と、お茶のお仕事で生計を立てることに成功したので、あとは稼ぎを増やすために尽力しようと思っている。

 

たくさんの縁に恵まれてのことだけれど、飛び込んでしまえば、意外となんとか歩くことはできるのだと感じた半年だった。

 

自己紹介的な独白でした。

かみゅです。今後ともはてなブログでよろしくお願いします。

私は何もしていないのではない。何もしていないをしているのだ。

日記・小話

【簡単に自己肯定感を高める技術のコーナー】

 

予定が何もない日に、午前中いっぱい寝てしまって、あー今日も無駄にしたなーみたいな時って

 

あるじゃないですか

 

せっかくの休日なのに、なにもしてない。。。勉強もしたかったし、筋トレもしたかったのに、見たい映画もあったのに。みたいな。

 

でも、なにもしてないって言っちゃうと自己否定しちゃうんで、

 

今日はいっぱい寝た!

 

とか

 

今日はゆっくり起きた!

 

とか

 

”してないこと”よりも”したこと”にフォーカスしていった方がいいなと思ったんですよね。

 

私は何もしていないのではない。なにもしていないをしているのだ。みたいな。発想の転換?

 

以上

せっかく調子が悪かったので、なんか調子悪いなーと思った時のチェックリストと対処法をまとめてみた。

飲食 日記

 

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

上記の記事のように体調は崩すわメンタルもボロボロだわの1月を過ごしたわけですが、ただ単に調子を崩しているだけだともったいないと思って自己分析してました。

社会人になったら自己管理も仕事のうちだということで今のうちに対処法を見つけておかねばと。。

 

【食事】

・お腹いっぱいまでご飯を食べていない

これ、めんどくさいからと言ってご飯を食べていないことが多い。1日1食とか普通にある。どこからこの体を維持するエネルギーが出てるんだって話。

・栄養不足、野菜を食べていない(1日350g)

体調が優れていないとめんどくさいから簡単なものばかり食べてしまう。卵かけ御飯とか、お茶漬けとか、外に出れば牛丼とか。
野菜を食べないと栄養不足で治るもんも治らないからね。
生姜、ネギ、トマト、納豆、果物など。飲み物はお茶、甘酒など。

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(ミルク甘酒)

 

・気の許せる人と一緒に食べたか

つい1人でいがち。1人で食べる食事は生命を維持する作業と同じ。家族、友人と美味しく楽しくご飯を食べるべき。

・水分不足ではないか

体の6〜7割は水分でできているし、体重の2%の水分が失われると体調不良になるらしい。54kg×0.02=1kgだから1日1Lは飲んだ方がいいってことだろうか。アクエリアスの動画では1日に2.5Lも水分を失うって言ってたけど、それくらいは飲もう。


【のむとき5】WEB限定フルバージョン 「水分補給ラップ」

 

【生活】

・睡眠時間は8時間取ってるか

適度な睡眠時間は8時間。それ以上でも以下でも死亡率が上がるらしい。体調が悪いとつい寝すぎてしまうけど、あまり寝過ぎない方がいいかも

・体は冷えてないか

36.5度が人の理想的な体温で、体温が1度下がると新陳代謝が下がり、免疫力も低くなってよけいに病気になりやすい。頭寒足熱だから靴下を履いて過ごしたり、温かい飲み物飲んだりする。生姜は体温を保持する。

・適度な運動はしているか(散歩)

運動は体温も上げるし寝つきも良くする。あんまり体調が悪い時は避けると体調が悪化しないように避けるべき。

 

【精神】

・友人と連絡は取っているか

自分を(気持ちの上で)孤独にしてはいけない。独りよがりで申し訳ないけど「つらいんですー」って弱音を吐かせてもらった。早く元気になろうと思える。

・本は読んでいるか

本は、普段自分が読書を趣味にしているから、趣味(自分が楽しいこと)に時間を割いているかということ。ゲームとかネットサーフィンは欲求を煽ってくるので×

・瞑想はしたか

これも習慣。脳をリセットする必要があるので5分でもやる。自分を保つ。

・日光は浴びたか

人は太陽と共に生活するのが本来の姿。体内時計が狂ってしまわないように外に出て日光を浴びるべき。

 

【身だしなみ】

(鬱になる時は身だしなみから崩れるそう)
・爪は切ったか
・ヒゲは剃ったか
・肌のケアはしたか
身だしなみが整っていないと鏡で自分を見た時にみすぼらしく、情けなくなる。人に会わなくても身だしなみは意識して整えるべき。
前に、免許合宿でめんどくさいから髭を伸ばしていたら貧民みたいだと言われて(痩せてるからというのもある)髭は剃らなきゃ!と思った。

 

【部屋】

・身の回りは綺麗にしてあるか

部屋の乱れは心の乱れ!
掃除は心を清める行為でもあるので身の回りは綺麗にしておこう。

 

【言霊】

ありていに言えば病は気から。知り合いのお医者様が言ってたけど、実際に薬はプラシーボだし、病は気からは8割方ホントらしい。自分は具合が悪いとか、体調が悪いとか言うから余計に体調が悪くなる。
俺は元気だ!って言っておく。(友人に弱音を吐く時は、今は弱音を吐かせてもらってる時間だと意識すること)

 

まとめ

こんなかんじです。

体調が崩れてしかもメンタルもやられた時は、まずは体調を回復させること。次に自己肯定感を高めること。そしていつも通りの自分を再現すること。かなあと思いました。

 

適当な自己分析と自分の知識と簡単に調べたものですので、もちろん全員にあてはまるものではなく、過不足もあるかと思いますのでなにとぞ。

 

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学生最後の時間を目いっぱい遊ぶぞ!と思っていたら体調不良と卒業できない不安とでめちゃくちゃ落ち込んだって話

日記

今回思ったことを一言で表せば心と体はつながっている。ということである。

 

年始明けに体調を崩してからというもの、自分でも驚くくらいに元気がなくなった。

勢いでいえばあの山道を転がり落ちていったという有名なおむすびもかくやというくらいの転げ方で気分が落ち込んだ。

37度の微熱が続き、声を出せば咳が止まらず、体は重く動く気力もわかない現状は年末から年始にかけて遊び歩いていたことが原因なのは明白だった。

 

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年末年始

年末のカウントダウンジャパンでは全身が筋肉痛になるくらい飛び跳ねたし、キャッチボールでは汗でびしょびしょになるくらいに動き回って、声が酒焼けするほど忘年会で日本酒を飲んだ。二日酔いどころか三日酔いくらいだった。抹茶をけっこう飲んだつもりなんだけど絶対的な水分不足のせいか頭痛がおさまらなかった。

大晦日から年始の神田明神では初詣のおみくじで末吉をひいて、明治神宮でもおみくじをひいた。渋谷の初売りではオシャレに一家言ある友人にコーディネートしてもらって服を買った。最後の学生生活だからという気持ちもあったのかもしれない。割と出不精な僕としては珍しく毎日遊んでいた。ちなみに普段は何をしているかというと一人で本を読んだり、ネット将棋を指したりしている。

 

体調を崩してから

多忙(笑)な年末年始が嘘だったかのように体調を崩してからというもの、午前中は丸々寝ているし、起きても布団もたたまず、即席で作ったて適当なご飯を食べて、水分補給をしてまた寝るといった具合だった。ナマケモノでももう少し動いているのではないかというくらいに動かなかった。

さらに言うとわりと自分は意識高い系の人間だと思っていて理想の自分がそこそこ高いのだが、日常のタスクもこなすことができなくなって自意識も下がるという副作用。

 

もうすぐ社会人人なる身としては、親に養ってもらええている学生という身分だからこそ体調不良を理由にして暇をむさぼっていられるけどこれも最後になると思えば味わい深いものだと思ったりなんかしていた。

 

とはいえ体調を悪化させたくないため外に出るわけにもいかず、ひまを持て余しているので適当に本棚から選んだ本を軽く読んではやめるというのを繰り返していた。これでは自宅警備員も満足に務まらない体たらくである。お小遣いという名のお給料をもらうのも忍びない。

 

自堕落な生活をしていると当然部屋も汚れてくる。掃除をする気力も湧かない。これ、もう少し後で気づいたけど、部屋の乱れは心の乱れだからな、テストに出るよマジで。

 

それで布団から出ない寝たきり老人のような生活をしていて気づいてしまった。振替授業をさぼってしまったことに。

 

体調が悪かったからそりゃあ仕方ないんだけど、気持ちとしては休みたいに一票だったわけだけど、休んじゃいけないデビルマンだったわけですよ。なんせ卒業がかかってますから。これを休まずとも出席日数が足りてるのかわからない。というか調べたらもはや既定の出席日数分出席できてない?WHAT?みたいな。え、これ卒業できなくないですかって。

 

とりあえず現実逃避で夢の世界へ逃げ込みましたけども、現実はこっちの世界なわけで。

やべー体調悪いー

やべー部屋汚いー

やべーやりたかったことできてないー

やべー卒業できないー(深刻)

という。あと漠然とした社会人になる不安がね。そういえば「先輩に社会人になるの不安なんですけど」と相談したら「お前でも不安になるのか!」と言われました。そりゃねーぜ!俺だって人並みに不安だぜ!つって。

 

そんでそろそろ深刻にメンタルがやられてきたわけです、これ、わかる人はわかると思うんですけど、落ち込んでるときってマジで人と接したくない。たぶんいろんな理由があって、弱ってる自分を見せたくないとか、相手を不快な気持ちにさせたくないとか、そもそもコミュニケーションがおっくうだとか。そういう理由でとりあえず連絡を取りたくない。

するとさらに落ち込む。

 

ほら、人間という字は人の間と書くのだ。つまり人と人との間に関係性があって初めて人間になるんだぞ。人間は社会的な生き物だからな

と、僕の中の鈴木先生が言ってるんですけど、やっぱり人とコミュニケーションンを取らないでいると、自分が世の中にとって不必要な存在だと突きつけられるようで悲しみのサッドネスですよね。ていうか自業自得なんだけども。

 

モチベーションが床すれすれまで下がりきってしまったのでなんとか元気にしたいと思うものの思わぬ罠が。

 

自分ってダメな奴だなあという自意識が意外と心地いい

 

”ネガティブな自分でいることの快楽と”呼ぶことにしたんですけど、これはなんなんだろうね。カサブタをはがすと痛気持ちいいとか、抜けかけでグラグラの乳歯をベロで押すと痛気持ちいいというのと似てるんだよね。もう久しくない感覚だけど。

 

ポジティブでいる方が確実に得だと気づいてからはなるべくネガティブな思考を避けるようにしてきたのだけど、なかなかどうしてネガティブっていうのは一回はまると抜け出しがたい。まるで蟻地獄か。

 

そして気持ちが沈んでいるときは行動も鈍るから負のスパイラルが完成。どれだけ落ち込んでんだって、物理的に言えば地球を貫通してブラジルまで届いてるんじゃねえかっていう。ブラジルの皆さん聞こえますかー!

 

そんなこんなで、今回は年始明けに落ち込んでたという話をしました。

今ブログを投稿できているのは元気になったからで、なぜ元気になったかとかその辺はまた書きます。

七草粥はもう食べましたか

春の七草数え歌

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。

 

五七五七七の五七調になっている春の七草の数え歌を、初めて耳にしたのはいつだっただろう。祖母が口ずさんでいたような記憶はある。

 

中学生の時に読みふけっていたハリーポッターの呪文「エクスペクト・パトローナム」とか、地獄堂霊界通信シリーズの悪ガキがつかう真言の「おんきりきりばさらうんはっだ」とかと同じように、なんだか不思議な力が使えるようになる呪文だと思って頑張って覚えた。

 

唱えても、魔法は使えなかった。

 

七草粥

 

この呪文が役に立つのは年の始めの1月7日に七草粥を作る時だけだ。

 

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もともとは年末年始に忘年会や新年会で胃を傷めつけた人が、休息をとるために食べるものだとか、人日の節句である1月7日に邪気払いをし、無病息災、五穀豊穣を願って食べるものだとか言われている。

 

ちなみに、人日の節句はその日の天気で一年の吉凶を占うらしく、晴れだったら吉、雨だったら凶だそうだ。幸い、今年は晴れていたから良い年になるにちがいない。ただ、個人的な吉凶としては風邪を引いて咳が止まらずマスクをして一日寝込んでいたから、もしかしたら凶かも知れない。

 

邪気払いの方は、初春に芽吹く生命力にあふれた七草を摂取することによって、体内にも生命力を取り入れるという思想だ。

 

そう考えると、寒い中でも強く育った七草を言挙げしてイメージすることは意外と生命力を上げる呪文なんじゃないかとか思う。バカにしたものでもない。

 

でも、最近の七草もビニールハウスで育てられたりしてるかもしれない。温室育ちの平成っ子にはそれはそれでお似合いかもなー。

 

って言っても、神木龍之介も佐藤健も、染谷将太も、平成生まれなんだよね。バクマン面白かった。

羽生くんも一つ下だし、武井咲とか剛力彩芽も平成生まれか、、

 

活躍する有名人がことごとく同年代だとなんだかへこむ。同時に応援したい気持ちにもなるけど。

 

そうだ、七草粥に入れてる「セリ」は、掛詞もしてあって、「競り」の意味が込められてるんだよね。そんなセリにあやかって頑張りたいと思います。

 

 

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クリスマスはミサに行った。

日記・小話

タイミングを逃したけどふと思い出したので。

 

昨年のクリスマスイブはカトリックのミサに行ってきた。

クリスマスと言えば街には綺羅びやかなイルミネーションが飾られて、クリスマスソングが流れて、クリスマスケーキを食べるのが当たり前になっているよね。

 

少し田舎の方、というか実家(千葉)に行くと田んぼ道に必要な明かりすら無かったりするのに、なんて無駄な電力を使っているんだ。。なんて思ったりしてるわけですが、これも経済効果が。。

 

でもそもそもクリスマスってchrist masって綴りで、キリストの生誕祭を祝う行事なわけじゃないですか。祝ったこと無いなーなんて。

 

ただ僕は、キリスト教が茶道にも影響を及ぼしてると知ってから、ミサに参加してみたいと思っていました。お茶を回し飲みするのはキリストが「これは私の血です」と言って葡萄酒を回し飲みさせたところから来ているとかね。

 

だから、ミサとか行ってみたいんだよねーなんて話を友人にしていたら「よかったら行く?」と誘ってくれたのが事の顛末。話してみるものだなー。

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地域の住民が参加するようなミサを開く教会に行ってみると、意外と人がいて100人位は集まっていたんじゃないかな。空気はシンと引き締まっていて、その緊張感に赤ちゃんが泣き出したりしていた。

 

高校生くらいの女の子や、ダボダボのスウェットを着たやんちゃそうな男の子もいたりして、なんだかほっこりした気持ちになった。僕は22歳にして初めてなのに偉いなあと。偉いとか偉くないとか言う話ではないとは思うのだけどね。

 

賛美歌を歌ったり、司教様のお話を聞いたりして、1時間ほどで終了。

 

授業でキリスト教を学んだりして、家の本棚にも聖書はあるけど、普段自分から読もうとは思わないから、こういう機会があるとキリスト教にも興味が向くなあと思った。

 

茶道との共通点は、しいて言うなら、司教様が飲み終わったワイングラスを拭うところとかは所作が似ていたかなと言うくらいだった。クリスマスだけに来てもよく分からないね。

 

ミサに参加するクリスマスもいいものだった。

離れている人への近況報告代わりにブログやtwitterを使うということ。

日記

昨日のこと。「今どこいる?」と連絡が来て、たまたま近い場所にいた友達に会っておしゃべりしていたら、最近ブログ書いてないねーと言われてしまった。

たまにチェックしてくれているんだなあという嬉しい気持ちと、更新頻度が落ちていたことへの後ろめたさを感じた。

 

近況報告という意味での情報発信については年末に感じたことがある。

 

高校の頃の仲間とキャッチボールをした時友人に「前はもっとツイートしてたのに最近控えめだからさみしいなあ」ということを言ったら、ツイートを増やしてくれた。優しくて素直な友人だ。

そして友人のツイートを読んでいて、「友達が最近何をやっているのか」というのは案外気になるものだと気づいた。

学校に通って、毎日顔を合わせていた時は自然と話していたことでも、学校が違えば連絡も取らなくなって、会う機会も減った。

 

便りがないのは元気な証拠というけれど、元気でやっているか、毎日楽しんでいるかがわかるとやっぱり安心する。

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20歳を過ぎた頃からは、死に向かっていく意識も少しずつ大きくなっていくものだ。新年早々から縁起でもない話をしたくはないけれど、身近な人も旅立つ人が増えてくる。幸いなことに、自分の身近にはいないが、友人が亡くなってしまったというのは珍しくない話になってきた。病気や事故で突然会えない人に、、と聞くと無関係ながらも寂しい気持ちになる。

 

親もたしか今年で49になる。老眼も進んで本が読みづらくなったと嘆いている。今は実家にいるから毎日顔を合わせるけど、今年からは職場の近くに引っ越しするつもりだから、家族とも会うのは年に何回かになってしまうなあ。

 

あ、これも年末のことなのだけど、親戚と集まって忘年会をした時に、父親が僕のブログを知っているかのような発言をしていた。別に隠したいようなことを書いているわけでもないけど、親に見られるのって気まずいものだよね。

 

ただ、思ったのは、ブログやtwitterのSNSを日記代わりに書いておくと、定期的に会わない人への近況報告代わりにもなっていいなあいうことです。