茶室で手の届く範囲の幸せを求む。

理想や、目標を語る時、うさんくさい、薄っぺらいと言われてしまう人の原因はどこにあるのだろうか。他人の受け売りをしゃべっているのではないかと思えるような人がいる。べつに誰がというわけではない。たまに、これは誰の言葉なのか、本当に本人が考えたことなのだろうか。と。そういう印象を抱かれてしまう人はいる。

 

日本を元気にする、とか社会を変える。とか。なんだか白々しく聞こえてしまうのだろう。もちろん、頑張っている人を批判するつもりはない。日本を元気にするために頑張って欲しい。

 

少し本題とはそれるけれど、個人的に人を批判する人は自分の現状に満足していない人なのだと思っている。

以前に少し考えたことがあるけれど、自分を肯定するために他人を否定している場合が往々にしてある。

相対的に自分の立場を守ろうとしているのだ。

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

 

経験が語られているかどうかは、需要な要素になるのかもしれない。

 

僕は、こんなことを理想に掲げます。

なぜなら、いついつに、どこで、だれと、なになにをしている時、〇〇な経験をしました。その時にとても苦しみ、この社会を変えたい、と思ったのです。

 

みたいなのはどうだろう。いや、それでもなんかちがう。言っている気がする。

 

友人は、「見せようとしている人としての器がでかすぎると人間らしさが見えなくてうさんくさく感じるかもね」と言っていた。理想が大きいのが原因か。「自分の領分をわきまえることは大事かも」と言う。自分の手に負えない範囲の目標を掲げるところが嘘っぽく感じるのか。

 

日本を元気にする。世界平和を望む。とかはやはり理想がデカイ。日本の中小企業で働くサラリーマンを元気にするというのは少しだけどなるほどと思えた。具体的だし現実味が近づいたからかもしれない。

 

しかしもともと世界は不平等だ、世界は苦しみに満ちている。一切皆苦である。どう生きても苦しい。人と会うだけでストレスが溜まり、独りでいれば孤独だ。どうにもむず痒い。

 

太宰治は生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。と表現している。

 

すべての人が自由に、平等に、我慢することなく、幸せであることが理想であることは間違いないだろう。言葉の上では。

 

ただ、個人的に現実味のある理想としては、「自分と、自分の手の届く範囲の大切な人が笑顔でいられるような世界であって欲しい」というのが今のところのものだ。

 

お茶はとても良い。甘いものを食べれば顔がほころぶし、花を見れば生命のはかない美しさに想いを馳せることができる。美術品を眺めて、となりに座る人と談笑し、温かいお茶を飲めばほっとする。ただそれだけの茶室という空間に理想的な平和がある。

 

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その空間の大きさを武野紹鴎は四畳半として、利休は二畳にまで縮小した。

本来、平和で幸福な理想的空間というものは、その程度の範囲で十分の高望みなのかもしれない。

立って半畳、寝て一畳という言葉もある。人の営みにはそれだけの範囲で十分だということだ。

 

手の届く範囲の幸せを。

 

 

言葉を武器に。

就職活動をした時に自分の考えたこと、行動した意味、結果を論理的に話せる人と、話せない人がいて、世の中からは、論理的に話せる人のほうが評価されやすいことを学んだ。

 

「自分が考えたことであれば、一から十までの順を追って話せるでしょう」という理屈で、経験したことを話せない人は、自分で考えていない、経験していないというレッテルを貼られていた。

 

ただ、言葉では説明できないけれど、確かな確信があって行動した人もいると思うのだ。

 

僕はどちらかと言うとそういう感覚型の人間で、友人からは、良く言えば無邪気、悪く言えば子供っぽいところがあるという評価をされることがある。自分を振り返ってみても納得せざるを得ない。

 

感覚でものごとを決める人間の場合、周りからの評価は不安定になりがちで、信頼に欠けるところがある。なぜならば、目標に至るまでの過程が見えづらいからだ。

 

細部に渡るまで言語化できるというのは、目標に向かって確実なステップが見えているという印象を与えることができる。まずはなにをして、状況がこう変わるから次はこうする。この場合はこう。きちんとシュミレーションできているのであれば、信頼に値する。

 

また、過去のことを論理的に言語化できることは、成功の理由や失敗の理由が自分の中で明確になっているということでもある。

 

しかし、中には、実行していないのに言葉を操るは長けているという人もいなくはない。

 

実際、その人が行動している場面を見ていない面接官にとっては、語られるものが全てであるからだ。もちろん、言葉がよければ騙すことができるというわけではなく、その語られる言葉に実感がこもっているか、心がこもっているかというのも見られているだろうが。

 

思っていても、考えていても、それが表に現れなければ、人には伝わらない。

 

表に現れるというのは言葉だけではなく、行動や、雰囲気、立ち居振る舞いといったところも考慮する必要はあるが、言葉は重要である。

 

言葉は目に見えないものに、形を与える。

 

経験や想い、過去や未来さえも言葉は創ることができる。

 

言葉を武器に。

ブログ記事のネタを生み出すコツは、ネタを出し続けること。

 

 ネタは出し続けることで生まれる。

ウソだと思うかもしれないが、これは本当だ

三ヶ月間なにも書かずにいると、さぞや書くことがたまっているはずだ、とそう思う人もあるだろうがそんなことはない。

三ヶ月間何も書かずにいたら、おそらくアタマが空っぽになって、再起動が困難になる。

つまり、沢山のアイディアを出すとアイディアの在庫が減ると思うのは素人で、実のところ、一つのアイディアを思いついてそれを現行の形にする過程の中でむしろ新しいアイディアの三つや四つは出てくるものなのだ。

ネタは、何もせずに寝転がっている時に天啓のようにひらめくものではない。歩いているときに唐突に訪れるものではない。多くの場合、書くためのアイディアは書いている最中に生まれてくる。というよりも、実態としては、アイディアAを書き起こしているときに、派生的にアイディアA’が枝分かれしてくる。だから、原稿を書けば書くほど持ちネタは増えるものなのである。

 

 コラムニストの小田嶋隆さんのコラムの一部分の引用だ。

 

創作をする時用にメモとしてとっておいたものなのだけど、ブログを書くようになって実感として分かった。

 

なにかネタになることはないかなあとぼんやりしている時は、そんなに面白いことが思いつくわけではなく、とりあえず書こうと思って文章を書き出してみると「これも書きたい」「あれも書きたい」と派生していく感覚がある。

 

例えば最近で言えば

 

疲れたと言わない話から

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

 憑かれを落とす禊の話を書き

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

 茶摘みの話から

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

 ジャスミンという女の子の日本語の勉強方法の話を思いついた

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

ブログの場合、一つの記事の中にテーマは一つと決めているので、派生的に思いついたテーマはまた別の記事になる。

 

一つの記事を書くたびに三つ四つ思いつくことができればアイディアの永久機関が完成する。

 

昔のことわざに、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというのがあるが、ブログの記事もたくさん書けばいくつかは「おっ」と思われるものも書けるに違いない。

 

そういえば、∞プチプチの開発者の高橋晋平さんという方は、その後も∞エダマメなどでヒットし、ヒットメーカーと呼ばれているものの、1年間に1000個以上のアイディアを出してそのうち2,3個がようやく売れるという話らしい。その割合は0.3%だ。

 

良いものを創り出すにはそれなりのアイディアの数が必要で、アイディアの数を増やすにはまずアイディアを出すことが大切ということ。

 

僕的ブロガーのネタメーカーさんは

honeysuckle.hatenablog.jp

サキさんと

daisuke-tsuchiya.hatenablog.com

ツチヤさんです。

記事の更新が凄まじくて尊敬しています。

自宅でも作れる!紅茶の作り方。

先日茶摘みに行ってきたのですが、その時に紅茶を作ってみました。

個人的には抹茶を作りたかったのですが石臼もないし、そんなに時間もかけられないしで、簡単に作ることができる紅茶を選びました。

実は、緑茶も烏龍茶も紅茶も、同じ茶葉からできていて、発酵の度合いの違いだけなのです。

茶自体は、摘むと同時に発酵が始まるので
すぐに発酵を止めるの緑茶
少し発酵させるのが烏龍茶
十分に発酵させるのが紅茶
になります。

実際の工程としては

茶葉を摘み
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ザルにあけて
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しばらく天日に干しておきます。
秋の10月くらいの時期だと、2.3時間くらい干しておきますが、夏だと気温が高く日光も強いので5分も干さなくて良いそうです。

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しばらく干したら、僕は紅茶を作りたかったので発酵させます。

茶葉を手で揉むことで発酵が進みます。
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茶渋で手が緑になる
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茶葉を揉むのをだいたい30分くらいやって、夜の間は寝かせておきます。

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朝に遠火で加熱して、発酵を止めて、乾燥させておくと、紅茶の出来上がりです。


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意外に簡単に紅茶ができました!!

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うまい!\テレッテレー♪/

発酵がちょっと不十分だったので、若い味の紅茶になりましたが、個人的には渋みが少なくて好きな味になりました。

自分で手作りすることの良さは、発酵の加減を調節できることかもしれないですね。(慣れれば)

みなさんも一度、紅茶を手作りしてみてはいかがでしょうか!(茶畑があれば)

日本語を勉強中の台湾人の女の子から学んだ、学ぶ技術

茶摘み合宿の期間中、ジャスミンという台湾人の女の子とともに行動をしていました。

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ジャスミンは今年の3月に日本に来て、日本語を勉強中で、台湾に帰ったら日本語の先生をするそうです。

 

「なんで日本語を勉強しようと思ったの?」

 

「日本好きです。いい国です」

 

「そうなんだ!日本の何が好き?」

 

「日本のごはんが好きです、おいしい!」

 

とのことで、食べるのが大好きだからだそう。

 

ジャスミンが、とにかく日本語を覚えるのが早くて、2日間一緒にいただけでも驚くくらいのスピードで上達していきました。

 

新しい物事を覚える時にどうしたらいいのか、学ぶべきところがあった気がします。

 

とにかく質問して、メモを取る

ジャスミンはとにかく質問責めにしてきました。

 

「これはなんですか?」

 

「お茶だよ」

 

「お茶って?」

 

「グリーンティー」

 

「おーけー、grean tea! 日本人はミルクティーも飲みますか?」

 

「飲むよー」

 

「ゆうすけはミルクティーとお茶どっちが好きですか?」

 

「お茶かなー!茶道やってるから抹茶も好きだね!」

 

「茶道って何ですか?抹茶は?」

 

「ジャパニーズティーセレモニー!抹茶は、パウダーグリーンティーかな」

 

「なるほどー」

 

と。ほかにも、この花は?この果物は?この器は?ととにかく目につくもの気づくものをすべて質問してきます。花の名前とかは知らないものが多くて答えられませんでしたが、一つ一つ丁寧に答えてあげたつもりです。

 

一度聞いたことはすべて自分の日本語ノートにメモをしていました。

 

覚えた言葉をすぐに使う

メモを取った言葉はすぐに使います。

 

今の時期なので、デザートに出てきた柿とか、「柿おいしい!」と連呼していて、次の日に干し柿が出てきた時は「柿!昨日と違いますねー」と言って、覚えたての柿を確認するようにすぐに言葉にしていました。

 

覚えた言葉を、反復することで、忘れないようにしていたのでしょう。

 

教えたことを覚えてもらっていると教える側としても嬉しいもので、もっと色々なものを教えてあげたくなります。

 

まとめ

たくさん質問して、たくさんメモをとって、繰り返し使う。単純なことだけど、これをどんどんやっていくのが覚えるのに大切なことだなと思いました。

 

あと、わからないことを臆さずに質問することと、興味、好奇心がとても大切ですね。

 

食べ物の名前を覚えるのがとても楽しいみたいでした。

憑かれた日は寝る前にお風呂に入るという禊。

 

「疲れた」は「憑かれた」が語源なんですという話をしました。

 

kamkamkamyu.hatenablog.com


おつかれの反応


ブックマークコメントをしてくださったみなさんもだいぶお憑かれのようで

先日は魔の刻まで釣っておりました。憑かれました。悪い女房にも取り付かれております。 
id:akouroushix さん
夜中は足元にお気をつけくださいね!!
奥様のご機嫌もうかがってあげてください笑

いやぁ憑かれた憑かれた。お祓いしてもらいたいですよーw 
id:r1ckey さん
お祓い!たしかに!
実はこの記事はリッキーさんの言葉から思いつきましたー


今日からは、あー憑かれたって言おう!(違 
id:gambaruko さん
どんどん憑かれがたまっていきますよ…!

創作なんだ!言わなきゃバレないよ!!へぇ~、かみゅくんって若いのに含蓄あるなぁと感心しながら読んでました。私?もう10年前から憑かれっぱなし。若いかみゅくんにはわからんだろうよ(T_T) 
光陰矢の如しですからすぐに憑かれっぱなしになりますよ…!くわばらくわばら。

お疲れ様でしたの違和感に憑かれます。 
id:coqeut さん
なんだかオシャレな言い回しみたいになってますね!!おつかれさまです!

お風呂に入るという禊

そして思いました。

夜にお風呂に入る時、「はー疲れがとれたー」とか思うことあるけど「憑かれがとれたー」と言えるんじゃないかなと。

それはつまり禊(みそぎ)とも言えるのではないか。と。

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禊とは、神道で水を使って体を流したりして、穢れを祓い、清める行為のことを言いますが、シャワーを浴びること、湯に浸かることは体を清める行為であると同時に、穢れも祓っているのです。

水と禊祓

インドではガンジス川で体を洗い、沐浴をすると言い、キリスト教ではパブステマと言って、水で洗礼をします。

古来より水を使って洗う行為は穢れを落とす意味合いで大切にされてきました。

日本でも、神社に入る時に手水でてを清めてから入りますね。

科学的に考えれば必ずしも衛生的であるとは言えないけれど、そこには精神的な意味づけがされているのです。

ゆっくりお風呂に浸かって、憑かれを落としてみてください。

おやすみなさい。

三番茶を摘みに、東京から岐阜県揖斐郡春日村まで行ってきた。

先週、金曜日の夜から日曜日の夜にかけて、二泊三日の茶摘み合宿に行ってきました。これがいわゆる弾丸ツアー。

 
知り合いの車の運転で、片道を約6時間かけて岐阜県揖斐郡の春日村まで。
 
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秋の十月は三番茶が取れるのだそう。
 
基本的にお茶は一番茶、二番茶、三番茶と呼ばれていて、一番茶は新茶のことで、一番栄養があるのが一番茶。三番茶は市場価値もそんなに高くはないです。
 
ただ、三番茶を採る時に新茶のレベルが決まったりするので、結構大切な時期だったりします。
 
 
しかしこの春日村はもともとお茶の栽培が盛んな地域だったものの、高齢化や地方の過疎化が進んで、お茶の栽培を継ぐ人も少なくなり、お茶の木が生えっぱなしになっているとのこと。
 
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在来の茶の木なので特に伸び放題でぼうぼうになっている。
 
その茶畑の一画を、知り合いが譲り受けて、年に4回くらいやってきて手入れをしているのです。
 
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これは品種改良した茶の木なのだけど、手入れをするとこんな感じに綺麗に生える。

 
茶は、木の上の方にある、新芽を摘む。一針一葉と言って、一枚の葉と芽があるのが理想的で、高級なお茶になる。
 
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そういえば、お茶は栄西が著した喫茶養生記に
茶は養生の仙薬なり。延齢の妙術なり。山谷これを生ずればその地神霊なり。人倫之を摂ればその人長命なり。天竺、唐土、同じく之を貴重す。我が朝日本、また嗜愛す。古今奇特の仙薬なり
と書かれている。
 
仙薬と呼ばれているだけに、山あいの、朝と夜には霧が出る、本当に仙人が住んでいるのではないかと思われる場所に生えていた。
 
現代はさすがに電気も通っていて、道も整備されているが、昔であれば神霊の地であると言っても過言ではなかったのだろう。
 
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さらに余談になるが、美味しい茶が育つためには水も大切で綺麗な水が湧き出ている。
 
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ペットボトルで汲みに来ている人もいて、飲んでみたけど、冷たくて美味しかった。
 
そんな湧き水で育てられた茶は、綺麗な花を咲かせる。
 
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茶はツバキ科なので、たしかにツバキの花に似ている。木の見た目以上に大ぶりな花だった。
 
摘んだ茶は籠にまとめて、後で加工します。
 
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紅茶の簡単な加工方法はまた後日に。